2015年5月30日土曜日

ROCK-A-HULA-BABY/ロカ・フラ・ベイビー



ROCK-A-HULA-BABY/ロカ・フラ・ベイビー











人は全く予定しない道を歩むことがある。

特に、それが誰も通ったことのない道であれば、道なき道を歩むことになる。

キング・エルヴィス・プレスリーの道は、キングとは裏腹に「けもの道」を歩むしかなかった。当時のハイウェイは、フランク・シナトラ、ペリー・コモらが走っていた。異端児エルヴィス・プレスリー自身はもちろん、誰もエルヴィスがハイウェイを走るとは思っていなかった。

シナトラは「あんなチンピラ、すぐに終わるさ」と公言していた。マネジャー、トム・パーカーは、振り返ればエルヴィスにもっともふさわしくないマネジャーだったが、だからといって誰がマネジメントできただろう。

トム・パーカーもシナトラと同じように「長続きしない」予感があったのだろう、売れているいま、稼げるだけ稼いでおくのが賢明だと考えて、娯楽の王者だった映画会社と10年もの長期契約を交わした。彼の凄腕が発揮された瞬間のはずだった。

エルヴィスも映画界、ハリウッドに憧れていた。

だが、キング・エルヴィス・プレスリーはハイウェイを走る存在ではなかった。死ぬまで「けもの道」を往くしかなった。そして驚くべきは、誰よりも遠い、前人未踏の遠くまで進んだことだ。

音楽を愛するあらゆる人々にエルヴィス・プレスリーを伝えたい、彼の音来世界を教えたいと、と僕は思う。キング・エルヴィスが、そうであったように、ビートルズが、そうであったように、それぞれの時代にまったく新しい道標を示した音楽家たちがかっていたことを。

<ロカ・フラ・ベイビー>も<ボサノヴァ・ベビー>も、ユニークな歌だ。ロックとハワイアン、ボサノバと融合させた、<けもの道>のさらに脇道にあるような歌だ。だからキワモノ的であり、日本での植木等的でもある。が、エルヴィスによって、見事にヒットした。おそらくエルヴィス以外に誰も似合わない。大瀧詠一氏はその魅力にハマった。

たとえば<ロカ・フラ・ベイビー>は「ハワイアン・ミュージシャン」「ロックンローラー」という肩書きや力テゴライズを遥かに飛び越えていた。

ご存知のようにエルヴィス・プレスリーは「カントリー」と「R&B」を融合させた、デビュー当初から、国境や人種を越えて、あらゆる世界の人々に新しい音楽の標を示す可能性を秘めている音楽家だ。力テゴライズを気にせずに、ただエルヴィスの声という楽器に耳を傾けて欲しい。いくつもの偶然が重なって必然となるバイブレーションを表現することができる、20世紀のド真ん中を駆け抜けた希有なるアーティストなのだから。

  


Rock-a-hula、Rock-a-hula、Rock・a-hula、
Rock-a-hula、Rock-a-hula、Rock・a-hula、rock、
rock-a-hula rock、rock-a-hula rock、rock-a-hula rock、rock-a-hula,rock、rock-a-hula rock!

ヒップからずっと指先まで
腰をふるあの娘を見ていると
まるで天国にいるような気分
ゆっくりと揺れるようなあの動き
はっきり言わせてもらうけど
何とも言えずたまらない

*Rock-a-hula baby、rock-a-hula baby
恋人はホノルルのフラダンス娘
僕のかわいいロ力・フラ・ベイビー
Rock-a-hula、Rock-a-hula、
rock、rock-a-hula rock!

愛しのロカフラ娘にどうしてもキスしたいのに
いつもチャンスを逃しちゃう
力いっぱい抱きしめたいんだ
夜通しずっとでも
彼女ときたらダンスに夢中

*2回くり返し

ロックしてやるさ
僕のかわいいロ力・フラ・ペイビー






Rock-a-hula, rock, rock-a-hula
Pock-a-hula, rock, rock-a-hula
Rock-a-hula, rock, rock-a-hula
Rock-a-hula, rock, rock-a-hula
Rock-a-hula, rock, rock-a-hula
Rock-a-hula, rock!

The way she moves her hips
Up to her finger tips l feel l'm heaven bound
And when she starts to sway rve got to say
She really moves the grass around
Rock-a-hula baby, rock-a-hula baby
Got a hulalu from
Honolulu that rock-a-hula baby of mine

Rock-a-hula, rock, rock-a-hula
Rock-ahula, rockl

Although I Iove to kiss
My little hula miss l never get the chance I want to hold her tight
A, through the night
But an she wants to do is dance

・ Repeat 2 times
Oh. I gotta rock That hula baby of mine


ROCK-A-HULA-BABY/ロカ・フラ・ベイビー

ROCK-A-HULA-BABY/ロカ・フラ・ベイビー

http://www.genkipolitan.com/elvis/elvis_movie/blue_hawaii.html
映画「ブルー・ハワイ」





2015年5月15日金曜日

Surrender/サレンダー



Surrender/サレンダー


「ワークス・オブ・エルヴィス」には次のように紹介されています。

この「サレンダー」はイタリアのバラード・ソングで、ナポリターナの女王ともいわれる<帰れソレン卜へ/Tarna a Surriento>を原曲としている。

原曲の方は1962年のピエディスグロック・ソング・フェスティバルで発表されたもので、作詞をダヴィ・デ・クルティス、作曲をエルネスト・デ・クルティスの兄弟が担当した。

このふたりは19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの名作を発表している。ソレントは湾をへだててナポリの対岸の避暑・避寒地として知られる観光地で、とても風光明媚な所。
アメリカでは<ComeBack To Sorrento> というタイトルでディーン・マーティンらがレコーディング。60年に原曲に新たな詞をドク&モートが作り<イッツ・ナウ・オア・ネヴァー>に続くイタリアン・ソングである。ヨーロッパでも大ヒット(イギリスでは1位)500万枚以上を当時売り上げた

口づけでハ一トに火がともる
不思議な気持ちが燃え上がる
俺がキスをするたびに
お前のハ一トも燃えさかる

だから、もうあきらめて
お前の愛を渡しておくれ
この腕で抱きしめたい
月が明るく輝く下で
星が全てを語ってくれる
愛の素晴らしさを
この魔法の一夜を
愛の夜へと変えるのさ

だから、もうあきらめて
その唇、腕、ハ一トの全てを
永遠に、今夜俺のものになっておくれ

「もうあきらめてくれ」と歌っているものの。その実態はいささかも手を緩めようとしない難攻不落の女性に恋い焦がれて発狂寸前に追い込まれているのは男の方。

どうして女性はそんなに残酷になれるのか、恋の駆け引きの余裕もなく、エルヴィスは恋の炎を全開にして、ひたすら疾走します。


その先に待っているのは、恋から降りて愛に身を捧げる男の涙か。



「あきらめる」とは「あきらかにする」ことです。
真実を知ることです。

Surrender〜「真実を知らせてくれ」とエルヴィスは歌います。
明るい太陽の下で、夜にはそっと、力強く抱きしめ、
ふたりの真実を育んでいこうと、
エルヴィスは情熱的に真摯に心をこめて歌います。

それがこの歌のすごいところ。

関係ないが、
「愛すると言うことは、その人と自分の人生を愛おしく想い、大切にしていくこと。(高倉健)」
・・・・その言葉が思い出されで、熱くなる。





When we kiss my heart's on fire
Burning with the strange desire
And I know each time I kiss you
That your heart's on fire too

So my darling, please surrender
All your love so warm and tender
Let me hold you in my arms dear
While the moon shines bright above
All the stars will tell the story
All the love and all it's glory
Let us take this night of magic
And make it a night of love

Won't you please surrender to me
Your lips, your arms, your heart dear


Be mine forever, be mine tonight




2014年9月2日火曜日

夏に開いた恋なのに / Summer Kisses, Winter Tears.


夏に開いた恋なのに / Summer Kisses, Winter Tears.

アメリカ音楽史上最高のアーティスト、エルヴィス・プレスリーがなぜ、アメリカ音楽史上最高のアーティストなのか、彼が残した幾多のギネスが物語っていますが、そんなことを抜きにして、死ぬまで優れた作品を作り続けたその多様性を聴けば納得するでしょう。



夏の口づけ、冬の涙
これがあの娘がくれたもの
思わなかったよ、たった一人で
想し出の小道をたどるとは
幸せな時間、孤独な年月
でも悲しむのはよそう
憶えているよ、あの夏の歌を
冬の雨の間もずっと

* 恋の炎、恋の炎は
離れていても燃えさかる
落ちていく流れ星ほど明々と
夜の闇を照らすものはない
夏の口づけ、冬の涙
いずれ消える星のように
孤独な夜に置き去りの僕
昨日までの夢と一緒に

* くり返し

孤独な夜に置き去りの僕
昨日までの夢と一緒に

夏の口づけ、冬の涙



Summer kisses, winter tears
That was what she gave to me
Never thought l'd travel all alone
The trail of memorles
Happy hours, Ionely years
But I guess I can't complain
For I still recal! the summer song
Through all the winter rain

*The fire of love, the fire of love
Can burn from afar
And nothing can light the dark of the night
Like a falling star
Summer kisses, winter tears
Like the stars may fade away
Leaving me to spend my lonely nights
With dreams of yesterday

*REPEAT

Leaving me to spend my lonely nights
With dreams of ye8terday
Summer kisses, winter tears


<夏に開いた恋なのに / Summer Kisses, Winter Tears.>は、映画「燃える平原児」のラストシーン用の挿入歌として用意されたオリジナル楽曲ですが、最終的に映画には使用されませんでした。映画がウエスタンなので、この曲もカントリーっぽい雰囲気を醸し出しています。1960年8月8日、ハリウッド・ラジオレコーダーズでの収録。

映画「燃える平原児/Flaming Star」は除隊後の活動を模索していた時期の作品で、シリアスなウエスタン。監督は後にクリント・イーストウッドと組んで「ダーティ・ハリー」などヒット作を連発したドン・シーゲル。

エルヴィスは白人の父と先住民の母との間に生まれた息子という設定で、白人の世界からも、先住民族の世界からも、拒絶され行き場のない若者を熱演しています。瀕死の状態で独り、山に入っていくラストシーンが印象的です。



燃える平原児 Flaming Star予告編


しかしこの後に公開された「ブルーハワイ」が映画的にも音楽的にも記録的な大ヒットをしたので、明るく楽しい青春時代がパターン化します。「燃える平原児」はエルヴィスのキャリアでも数少ないシリアスな作品です。

エルヴィスの珍しいガンマン姿は、アンディ・ウォーホルの「8人のエルビス」に使用されています。




音楽事情は、音作りから著作権、興行まで当時と現在では様変わりしています。エコーがかかった音源は、螺旋階段で歌うことで創り出したもので、極めて原始的。

初期の作品を集めた白眉の2枚組アルバム『サンライズ』に至ってはエルヴィスのアコースティックギターと、エレキギターが一本、そしてベースでドラムスはなし。たったこれだけの構成でも、歌が楽器の役割を果たしてあまりある未だに斬新さを失わないロック史上に燦然と輝くアルバムを残しています。

ロック誕生、エルヴィス・プレスリー登場は音楽を越えた社会的な事件であり、死する最後までその責任を一身に背負い生きたという点では、ビートルズでさえ近づくことの出来なかった次元です。

晩年、徹底した大衆芸能的パフォーマンス、何でも歌うというそのスタイルは、エルヴィスの名誉を傷つける結果になりましたが、その生い立ちと母への畏敬の念から発信されたものに他ならず、一晩の解放と興奮を求めてコンサートに来るファンと重なっていました。それこそがエルヴィス・プレスリーという魂の謡人でした。音楽は苦しい生活を癒す生活の糧だったのです。

それはゴスペルに通じるものであり、カントリーソングに通じるものでした。そしてロックはそのミックスから始まっています。つまりエルヴィス・プレスリーその人そのもの、エルヴィスの魂そのものなのです。

エルヴィスと複数のロッカーが切り開いた道に、後からやってきたロッカーたちは、ゴスペルに、ゴスペルから裏返ったブルースに、カントリーに敬意を払う者、払わない者様々です。

あえてエルヴィスに触れないことで、蔑むことで、自身のステータスをあげようとする者もいます。しかしジョン・レノンがいったように「エルヴィスの前には何もなかった」のです。音楽的にも、ビジネス的にも、エルヴィスの前には何もなかった。

エルヴィスの前には何もなかったから、エルヴィスは手探りで進んで行くしかなかったのです。過ちも沢山あります。それを見て、エルヴィスの人生のようになりたくないと思った者もたくさんいます。それも全部含めてエルヴィス・プレスリーなのです。












2011年12月3日土曜日

好きにならずにいられない / Can't Help Falling in Love




好きにならずにいられない / Can't Help Falling in Love

賢者は云う、愚か者のみ、愚か者のみが事を急ぐと
だが私は、だが私は、
恋に落ちるのをどうすることも出来ない
もしとどまったとしても、それは、それもまた罪
恋をせずにはいられないのだとしたう

川が確実に海に向って流れるように
いとしい人よ、これもまたそのように、何かのさだめ
私の手を取り、このすべてのいのちを貴女のものに
なぜなら、恋に落ちずにはいられない
好きにならずにはいられない、私なのだから







この美しい楽曲が、多くの、それも確固たる立場を築いたアーティストに呼ぶにふさわしい人々にカバーされるのはどうしてか?
甘いラブソングでしかないように聴こえても、歌詞が語るのは、そうではない。曲の美しさと、歌詞の深さを聴けば納得する。


映画のために作られた、この名曲が挿入歌となった映画「ブルーハワイ」は、エルヴィス・プレスリーの歌と当時はまだ日本人にとっても遠い地だったハワイをドッキングした娯楽映画だが、その面から見ても、王者エルヴィスにふさわしく豪華版になっている。
リアルタイムで観た人は感動も半端でなかったように思う。映画もレコードもヒットしたのも納得だ。エルヴィスは両方で実験場にされたようだが、期待以上に応えたようだ。

当時はソ連(ロシア)との冷戦という不安はあったものの、ベトナム戦争もなくアメリカは平和を満喫していた。ポップスはその象徴のように明るく能天気だ。テレビ時代に拍車がかかるか、かかる前の状態ではなかったのか?もちろんモノクロだ。
映画はカラーの威力を発揮していて、ポップス+観光地の組み合わせで、ビーチ映画が続々と製作されていた。理由なき反抗」に代表される若者+反抗ではなく、若者+ビーチはクリーンカットの明るい若者をテーマにしていた。
この点ではエルヴィスも兵役もあって、長いモミアゲからクリーンカットにイメージチェンシしていた。

多くはB級作品で、コニー・フランシスの「ボーイハント」「渚のデイト」も同じジャンルに入る。クリフ・リチャードの「ヤングワン」もそうだ。しかしなんといっても代表格のスターが、フランキーアヴァロンだ。

ビデオショップに行けば「アラモ」で会うことができる。年若にして好青年なので、生き残る役を演じていて、すぐに分かる。フランキーアヴァロンは「アラモ」が映画デビュー作だったが、ビーチ映画で水を得た魚のように、このジャンルのスターになった。

このジャンルでは AIPがツボを心得ていて無類の強みを発揮した。フランキーアヴァロンをメインにして、続々とフレッシュな俳優を起用した。大スターの息子、娘も、テレビ、音楽界の人気者も大量に出演した。ジェームス・ダーレン、パメラ・ティフィン、コニー・ステーブンス、ジャッキー・デシャノンバーバラ・イーデン・・・キリがないのでやめておくが、ファンだった人も多いはずだ。ラクエル・ウェルチもそうだ。



明るく楽しい青春映画の代表にして別格だったのがエルヴィス映画、とくに観光地と組み合わせた「ブルーハワイ」のような作品がそれで、大作の風格がある。

しかしこの潮流も1966年、ドラッグ、ポルノ解禁、ベトナム戦争で突如終わる。
国は荒れ、街も荒れた。人も変わったし、そうでない人も変わらざるを得ない時代になった。

エルヴィス・プレスリーは社会を変えたが、今度は社会が”キング・オブ・ロックンロール”エルヴィス・プレスリーを衰退期に追い込んだ。そういうわけだからエルヴィスの人気が落ちたというより、社会の変化に合わせて生きるために価値観を変えざるを得なかったのだ。

生きるためだ。歌も映画も、生きるためのエネルギーなのだ。時代に合わせて呼吸しているのだ。その呼吸を自分の呼吸と合わせて、エネルギーにできるのだ。

映画「ブルーハワイ」にいまのハワイの面影はない。さかのぼって「地上より永遠に」のハワイはもっと違う。同じことは「オーシャンと11人の仲間」「ラスベガス万才」と現在のラスベガスの関係にも言える。

だから映画を観ても呼吸が合わない。タイトルバックの景観からして違う。自分が最初に行ったハワイともすでに違っていたのだから、違うのが当たり前だ。それでもハワイ島などに救いを感じる。

時の流れと呼吸のリズムの変遷を超えて、<好きにならずにいられない>は、歌い継がれている。自分を信じて生きるという潔いメッセージに昔もいまもない。責任を自分で引き受けて生きる情熱に変わりはない。

<好きにならずにいられない>は甘いラブソングだが、どうもこの曲について書くのは苦手だ。好きなら好きでいい。それだけでいい。


2010年6月30日水曜日

アイ・ガット・ラッキー /I Got Lucky


アイ・ガット・ラッキー /I Got Lucky

幸せをよぶ四ツ葉のグローバー
一度だって見つけたことはない
ウサギの足のお守りも幸運の星も
願い事の叶う魔法の木だってありゃしない
でもラッキーだったよ
本当にラッキーだったよ、君に出会えてね

肩の上に虹もかかってないし
ドアに馬蹄のお守りもない
でも強く抱きしめてくれる君がいれば
これ以上のことはない
そう、ラッキーだったよ
本当にラッキーだったよ、
君に出会えてね

*いつもおまじないをしてるんだ
やっと見つけた愛がどこかへ行きませんようにってね

**だから愛してるって言っておくれ
急いで式の日どりも決めて
そしたらこの幸運が
逃げてしまうこともないから
そう、ラッキーだったよ
本当にラッキーだったよ、
君に出会えてね

* くり返し
** くり返し
そう、ラッキーだったよ
本当にラッキーだったよ、
君に出会えてね

(川越 由佳 氏:翻訳)





君を見つけて、ボクは幸せを手に入れた♪
と、幸福を感じてハミングする。

エルヴィスが好きだったのは、腰を振るからだ。
右に左に、幸福がスイングする。
<アイ・ガット・ラッキー>は映画「恋のKOパンチ」の挿入歌。

<アイ・ガット・ラッキー>とは、よく言ったものだ。
そうだ、ボクは幸福だった。
エルヴィスが四ツ葉のグローバーだった。

悲しいことや嫌なことが、ゆれる腰の力で吹っ飛んだものだ。

 だから「エルヴィス・オン・ステージ」で日本中が過熱しても、本気でヒートしなかった。
 本当はそんな人多かったと思うよ。これで手を打っておこうか。そう思った人が多かったと思うよ。
 ろくでもない映画よりは、「エルヴィス・オン・ステージ」のエルヴィスは断然凄かったからね。でもね、何かが違っていた。腰ふらなくなったからね。そもそもエルヴィス映画が、ろくでもない映画になってしまったのは腰ふらなくなったからだ。<心のとどかぬラブレター>とか、<ボサノヴァ・ベビー>とか最高にふってたでしょう。<心のとどかぬラブレター>なんか幸福の代名詞みたいな歌と腰フりだよ。
 ろくでもない映画を見応えのあるものにしていたのは腰ふりだったわけ。それさえなくなったら、そらもう ”本当にラッキーだったよ、君に出会えてね”なんていってられなくなったんだから。

2010年5月1日土曜日

ブルー・ハワイ

 
ブルー・ハワイ

 20世紀の最強のアーティストが地球規模の雄大な「平和」を映画とレコードに包んで贈り物にした。それが『ブルー・ハワイ』だ。

『ブルー・ハワイ』はエルヴィス・プレスリー8作目に出演映画として、フィルムとレコードで供給された。1961年3月22日にハリウッド・レディオ・レコーダーズでサントラ・セッションとして録音。映画は1961年11月22日全米で公開された。

 エルヴィス・プレスリーの<ブルー・ハワイ>あるいは<ノー・モア>に惹かれる人の多くは、この涼しいイントロでグラッと和んでしまっているのではないだろうか?<ブルー・ハワイ>の恐るべき”イントロとNight and”強力タッグのパワーが果たした役割は大きい。このイントロはロックもブルースも関係ない。

ハワイまるごと濃縮した出合い頭の一撃で後はメロメロ、気がついたらアルバム一枚通しで聴いてしまっている。途中に少し気を取り戻しそうになるものの、すかさずうっとりするような歌声とメロディー、伴奏が出てきて、また魔法にかかったように心はすっかり時空を超えてハワイでエルヴィスと面会だ。

映画『ブルー・ハワイ』のタイトルバックに使われた<ブルー・ハワイ>のオリジナルはエルヴィスの大先輩格、ビング・クロスビーの1937年の映画『ワイキキの結婚』の主題歌として、ビング・クロスビー自身が歌って大ヒットしたもので「ハワイアン」ではない。その後シナトラはじめ著名な音楽家がカヴァーしているが、エルヴィス・バージョンは先輩たちをまるごと海の藻くずにしてしまったほどの魅力的な出来栄になっていると言っても文句ないだろう。

ビング・クロスビーはフランク・シナトラよりも前にアメリカの”アイドル”だった人物。しかも映画でもアカデミー賞を受賞している大物である。ビング・クロスビー自身が「エルヴィスの創造したものはすでに歴史の一部だ。なんと素晴らしいものを残していってくれたのだろう」と1997月8月16日に温かいコメントしている。

 想像するには、日本でエルヴィス・プレスリーの人気を決定づけたのは、「ブルー・ハワイ」だろう。もちろん、それまでも人気はあったが、多くの人は近寄りがたい存在であったのではないのか。それが一気に親しみやすい存在に変化したのは、美しいハワイの風景をバックに歌われる爽やかな歌の数々。それは日本に限った話ではなく、本国アメリカでも同じだったと

映画公開に合わせて1961年10月にリリースされたアルバム『ブルー・ハワイ』はアルバムチャート20週でトップを続けて新記録を達成している。クリスマス、正月にかけて全米を常夏ムードにしていたのだ。

吹雪の中を”夜とキミと、そしてブルー・ハワイ~”と口ずさみながら歩いていたといことか。さすが、これぞ、ヤンキー魂だ。やっぱりカラダは鍛えておかないとね。1961年当時は、クリスマスにはビング・クロスビーの<ホワイト・クリスマス>が巷を占領するのが定番だったはずだ。エルヴィスはクロスビー先輩には恨みはないものの、ダブル・パンチでKOしていたということになる。

本国ではシングル・カットされなかったが、さすがビクターは目のつけどころが良かった。サントラからスタンダードである<ノー・モア(ラ・パロマ)>とともにピックアップしてリリースしてしまった。そもそも、このアルバムは全曲シングルにしてもおかしくない出来栄だったのだ。

1961年のハワイ。
日本人のとってハワイは夢の島だった。一方はエルヴィスは海に沈んだアリゾナの前でコンサート開いている。『ブルー・ハワイ』は戦後でないことを知らせた映画だった。

2010年4月18日日曜日

この愛をいつまでも~[歌の贈りもの]



この愛をいつまでも~[歌の贈りもの]

「歌の贈りもの」で、聴けるその歌声のやさしさと甘さ、情感の豊かさは、結局は最も愛されるエルヴィスになったとも思う。
ここには強烈なインパクトはない。しかしこの上質なサウンド(ボイス)こそ、最近話題になるバラードにこそエルヴィス・プレスリーの真価があると見直し論の核になる部分だ。女性のハートをきっちりとらえ、「私のエルヴィス」と感じさせるのではないかと思うぐらいに、デリカシーに富んだ声とメロディーがぎっしり詰まって いる。『歌の贈りもの』とはうまいタイトル!

1 There's Always Me 2:32/ゼアズ・オールウェイズ・ウィズ・ミー
2 Give Me the Right 2:41/ギブ・ミー・ザ・ライト
3 It's a Sin 2:31/イッツ・ア・シン
4 Sentimental Me 2:03/センチメンタル・ミー
5 Starting Today 2:15/スターティング・トゥディ
6 Gently 2:21/ジェントリー
7 I'm Coming Home 1:47/アイム・カミングホーム
8 In Your Arms 1:54/あなたの腕で
9 Put The Blame On Me 2:05/悪いのは僕だ
                  『いかすぜ!この恋』挿入歌
10 Judy 2:11/ジュディ
11 I Want You With Me 1:35/アイ・ウォント・ウィズ・ミー
12 I Slipped, I Stumbled I Fell /
アイ・スリップド・アイ・スタンブルド・アイ・フィール
                  『嵐の季節』挿入歌


エルヴィス・プレスリーは天下無敵------。さすがだ。どの曲もエルヴィスの声と歌のうまさで輝いている。幼い頃から母親をケアしてきた包容力がにじみ出ているアルバム。結局はリスナーのこころにそっと忍び込む。結局、みんながそれに甘えてしまったという気がする。

1.There's Always Meはエルヴィスのオリジナル・バラード。ピアノのイントロで始まる美しい曲。終始ピアノとバックコーラスが控えめに、からみながらエルヴィスの声を引き立てる。エルヴィスの真の魅力を聴くには<ハートブレイク・ホテル>に代表されるようにほとんどアカベラと言っていい作品がエルヴィスの美しい声にうってつけ。1967年<この愛をいつまでも>のタイトルでリリース、B面にもこの美しいアルバム「歌の贈りもの」から <Judy /ジュディ>をピックアップしている。

<ゼアズ・オールウェイズ・ミー>よりも<この愛をいつまでも>の方がなじみがよく、しっくりする。時間が短く、タイトルも楽曲もインパクトがないようだが、バラードらしいバラードのいい歌だ。


夜の帳が降りて
だれかと電話で
お喋りしたい時
いつも僕がいる

君が恋に破れて
友達が恋しい時
たとえ恋人でなくとも
いつも僕がいる

ちっとも構わないさ
脇役でいることなど
いつか、僕が必要になる

その日がきたら
この腕の中で教えてあげる
出会いと別れをくり返した君に
僕のこの愛は
永遠だと

君の回りを見渡せば
いつも僕がいる


詩がいい、エルヴィス特異の一歩引いてそっと見守る恋歌。代表的なバラードの大傑作<愛しているのに>や、エルヴィスが70年代にカヴァーした<明日に架ける橋>につながる”この心いつまでも”。聴く人はいまでもその心の哭く。

<この愛をいつまでも/ゼアズ・オールウェイズ・ミー>のいいのは、ゼアズ・オールウェイズ・ミー、いつでもそばにいる心。

♪ 君が恋に破れて
  友達が恋しい時
  たとえ恋人でなくとも
  いつも僕がいる  ♪


ここにあるのは我慢ではない。励ましだ。素朴な励ましに、エルヴィスの声が似合う。それが胸を打つ。よくおもしろい人が好き」と女性はいう。でもその本当は、いっしょに笑ってくれる人のこと、別におもしろいことをいうことでない、一緒に泣き喜び、人生を分かち合ってくれる人。

その向こうにはいつも励ましがある。励ましこと愛の本体だ。


THERE'S ALWAYS ME

When the evening shadows fall
And you're wondering who to call
For a little company
There's always me

If your great romance should end
And you're lonesome for a friend
Darling, you need never me
There's always me

I don't seem to mind somehow
Playing second fiddle now
Someday you'll want me, dear
And when that day is here

Within my arms you'll come to know
Other loves may came and go
But my love for you will be
Eternally

Look around and you will see
There's always me



2 Give Me the Right もオリジナルのブルース。荒々しさはなく、すごく丁寧に歌っている。

3 It's a Sinは「歌の贈りもの」でも光っている少しおもしろい曲。コミックという意味ではなく、エルヴィスなオリジナリティがあるという意味。それも そのはず1947年にヒットチャートNO.1になったカントリー。It's a Sinと歌うフレーズがあの人のように忘れられなくなる。

4 Sentimental Me は1950年にナンバーワンになったバラードで、グレン・ミラーもカヴァーしていたというもの。♪Sentimental Me♪と歌うリズム感がとってもきれい。

5 Starting Today はThere's Always Meを作曲したドン・ロバートソンがやはりエルヴィスのために作った曲。これもピアノが効果的な美しい曲。

6 Gentlyは極めてフォーキーな曲。ピーター・ポール&マリーのまん中に立って歌っているような錯角するくらいに決まっている。

7 I'm Coming Home はエルヴィスの声が弾んで快調なロック。何度聴いても飽きない傑作だ。チャーリー・リッチが、ロカビリーシンガーであるカール・マンのために作ったロックナンバーで<ジャンバラヤ>などにつながるツイストナンバー風がうれしい。実はこのような曲がエルヴィスを狂わせていったのではないのかと思う。ロックンロールであるようで、なさそうな、サウンドトラックで使用された数々の「ロック」と同じような。戻っておいで、グレイスランドに。

8 In Your Arms<あなたの腕で>はサックスが泣かせる音を出しているロック。

9 Put The Blame On Me <悪いのは僕だ>は後に映画『いかすぜ!この恋』で挿入する楽曲を募集した際、ファン投票で選ばれた曲

10 Judyは とてもホンキー・トンクなピアノが60年代風の軽快さで、エルヴィスと絶妙のバランス。口ずさみやすいメロディーはシングルカットされたのも当然。それがジュディでも、アンナでも、エリザベスでも、エルヴィスが歌えば悪女でない気がする。

11 I Want You With Meはいかにもエルヴィスのゴスペル風なロックで、このアルバムでは唯一ブラックなムード。♪I Want You With Meのフレーズが抜群のフィーリングだ。

12 I Slipped, I Stumbled I Fell は、NHKがよくオン・エアーしていた主演映画『嵐の季節』の挿入歌。映画の雰囲気とは合わないような軽快な曲。ピアノもカッコいい。





愛ピのエルヴィス・プレスリー コレクション

日本全国男前プロジェクト

ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト